歩きお遍路、四国から恵み、健康、笑顔、おもいやり

高知

第2回を2015年歩いた、記録を整理中、徐々にページを作る

高知県 土佐の国 修行の道場 16札所 390km

 2008年3月9日~3月25日 17日間  信楽ヌ樹 シガラキタヌキ の貴重な体験記

3月9日

    
今日は移動のみ。高知県東洋町に入る。
いくつもの岬を越え、高知県の海岸線を延々と宿に向かい歩く。
室戸岬が先の方に見える。ひたすら歩く。
徳島県最後の札所23番薬王寺から高知県に入るまで長い道のりだった。宿も徳島県内の高知県手前で一泊している。

PM 5:00 やっと今日の宿に到着。
距離はさほどでなかったが、だらだらと続く道で疲れた。
道中歩きながら明日の宿とするため、金剛頂寺の宿坊に予約をいれる。評判が良いので楽しみだ。

歩行距離 25km 39624歩
宿泊 ・民宿徳増(宿泊客はお遍路が10人程泊まっていた。
うち歩きお遍路は5~6人か?食事は悪くなかった。部屋は布団部屋のような汚くて狭い。きれいな部屋もあるが運が悪かった。)

室戸岬が遙か彼方に見える
この山の更に向こうの方角が室戸岬

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3月10日 

 
AM 7:00 室戸岬を目指し出発する。
AM 11:50 24番 最御崎寺(ほっみさきじ) 打つ。 

室戸岬は風が強い。海岸線に国道55号がへばりついて走っている。
国道を前進し、室戸岬に近付くと霊場の誘導口がある。

そこから遍路道は一気に急な登りとなる。平坦な海岸線を歩いた後のこの急な坂道がすごくきつく感じる。

最御崎寺に行く手前に御厨人窟(みくろ ど)という名所がある、又室戸海洋深層水なる場所で食事がとれる. 

最御崎寺から室戸市方向に下りる。眼下に数件の食堂が見える。
旨そうな店の当たりを付けてのぼりを立てている食堂に入りカレーを食べる。レトルト食品だ、

PM 2:56 25番 津照寺(しんしょうじ) 打つ。
足が快調になって来た。何故か、不思議。
津照寺は階段の寺だ、一直線の階段にへばりついて施設がある。

26番 金剛頂寺 打つ。 本日の宿はこの寺の宿坊     

PM 4:30 今日の宿に到着。

歩行距離 26km 36867歩          
宿泊 ・宿坊金剛頂寺

宿坊は趣があり、食事も工夫されていて嬉しい。施設の規模が大きいため団体も泊まっている。

宿坊の浴室にあった体重計でリュックの重さを量ってみた。8Kgだった。

日々の歩行に8Kgは重い。特に左肩に負担がかかり長く痛みが残った。ベテランのお遍路は中身を厳選して5Kgにしいると聞く。)
金剛頂寺の客室
26番金剛頂寺で泊まった部屋、庭もとても綺麗。
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3月11日

AM 7:00 歩き始める。歩く道程の特徴は国道55号線の景色となる。
途中吉良川、奈半利の町並みを見ながらのお遍路道。

吉良川は備長炭の出荷で潤い、今も「なまこ壁」が並ぶ町並みを保っている。 中山峠を越える。

「なはり快適田舎暮らし!!海・山・川のある奈半利町で くつろぎませんか?」の宣伝文句の奈判利町を通過し、今日の宿に着く。

PM 2:30 既に他のお遍路は宿に到着し荷物を置いて神峯寺を目指しているという。
どうやら他のお遍路は中山峠越えの遍路道を選ばなかったようだ。

宿の女将(おばば)の「神峯寺には行かないの?まだ早いから行って来たら?今日はお遍路日和 だよ」の声に押され、荷物を本日の宿に預け寺を目指す。急勾配でけっこうきつい。

神峯寺は小高い山に建立、境内は手が加えられて綺麗な寺だったとの印象を持っている、本堂と太子堂が離れていてその距離に戸惑った。

PM 3:50 27番 神峯寺(こうのみねじ) 打つ。       

歩行距離 33km  48899歩
宿泊 ・浜吉屋
(民宿名からうまい魚を期待したが間違いだった。お遍路宿選び
でワースト1番賞に選びたい気持ち。良い宿を見つけるには修行が必要。

この近辺ではいい宿がない、安芸市まで行きたいが遠いい。
吉良川町並み

吉良川の町並み、江戸時代に備長炭で栄えた町。

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3月12日

今日は札所が無く移動のみ。安芸市を散策。興味のあった町で、野良時計、武家屋敷を見て観光をした。

安芸市で宿をとりたかったが、その日の行程から選ぶ位置にはなかった。

安芸市はプロ野球阪神タイガーズの春季練習場となっており、安芸は町をあげてタイガーズを応援している 街を歩くとその様子が分かる。

喫茶店でモーニングのパンとコーヒーをとる。関東では考えられない味噌汁付きだった。

安芸市内の遍路みち上にパン製造所を見つける、大好きなパンを買うために店内に入る、そしたらパン屋の御婆さんから大量のパンをお接待される。

すごく恐縮、有難うございます。食べきれない程のお接待パンはその先々歩いていて遇った学生や小母さん等に分けて 食べて戴く。

サイクリングロードが安芸市から長く敷かれている、サイクリングロードを歩く。途中赤野の浜辺で漁師が引く地引網漁の現場に出くわす。

あまりの大漁にびっくり。写真をたくさん撮る。鯛用の網を使用しているとの事。

収穫は鯛、鯵、名前も知らないたくさんの魚。漁師が選別し桶に入れ、いっぱいになると車で市場に運ぶのだが、収穫が多く いつになっても網の中の魚は減る様子がなかった。

サイクリング道路上で石丸さんという地元の方と出会う。毎日健康管理のため歩いているそうで、今日の宿「国民宿舎海風荘」まで話しながら案内していただく。

充実した楽しい一日だった。
PM 4:20 今夜の宿に到着。缶ビールを飲む。

歩行距離 31km  44945歩
宿泊 ・国民宿舎 海風荘
パンの礼状ポスト
安芸市のパン屋さんから食べきれないほどのお接待を受け
手持ちのはがきを礼状として書きすぐに投函。

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3月13日

雨模様なので雨具を着て出発。降ってくる。
「ごめん奈半利鉄道」に沿って歩く。

絵金で有名な赤岡、赤岡を吸収合併した香南市、南国市、高知市郊外が今日歩くお遍路道となっている。

28番 大日寺打つ。

霊場では多くのお遍路に会うが、歩きお遍路はとても少ない。
遍路道での歩きはいつも一人だ。それがまた良いのだが。

AM 11:10 29番 国分寺 打つ。     

やんでいた雨がまた降り始める。郵便局に立ち寄り預金を引き出す。
国分寺に向かって歩く途中長崎からの夫婦お遍路に出会い昼食をご一緒した。

昨日出会った地元の石丸さんが私に興味を感じたのか、やってきて国分寺近くの「お得なランチのビーフシチュ―店」へと案内していただく。
写真がお得な美味しいランチだった。「石丸さん有難う」大満足。

PM 4:00 30番 善楽寺 打つ。    

PM 5:10 今夜の宿に到着。足は快調。

歩行距離 29km  40391歩
宿泊 ・レインボー北星

(襖一枚の相部屋 この宿の私の評価は低い。ここで3月8日に「はるる亭」でお会いしたお遍路さんと再会した。)
29番国分寺ランチ
29番国分寺近くの洒落たレストランでランチ、この他に
シチュウ、アイスクリーム、コーヒーが付いて980円すごい!

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3月14日

朝から雨。
高知市郊外に位置する宿を出て市内に向かう。

県立美術館を右に見、土佐の高知のはりまや橋方面に繋がる市電を横切り五台山中腹に建立されている竹林寺に進む。

31番 竹林寺 打つ。
竹林寺は88箇寺の中でも規模が大きく重厚趣を持つ寺と感じた。

32番 禅師峰寺(ぜんじぶじ) 打つ。
高台にあるこの霊場から桂浜方面が見てとれる。

33番 雪渓寺 打つ。 

PM 4;30 34番 種間寺 打つ。 
この霊場の印象は納経帳に記帳する手法に特徴があり その事が記憶に残った。

多くの霊場は札所の番号と札所名のあるところに霊場の判を押印し寺独特の 文字を毛筆で記帳するのだが、この霊場は筆書きしてから押印していた。

その事を云うと
本来はその手順が本当で有るとの能書きを伺った。 

PM 5:00 宿は遍路道から大きくそれていたため種間寺前まで宿の車が迎えに来た。

PM 5:30 宿に到着。  一日中雨が降ったり止んだりだった。 今日もビールがおいしい。

歩行距離 28km  39428歩
宿泊 ・春野スポーツセンター
(雪渓寺に隣接する宿「高知や」や周辺の宿は満室。

無理して種間寺まで足を運んだが、結果宿は見付からず遍路道から大分離れた宿で。スポーツセンター内のホテル)
お遍路マーク

お遍路マークは歩く道しるべとなる、ここでマークは右を

さしているので道路を渡り反対側に移動する。お遍路
道には要所にマーク貼られ 進む方向を示唆してくれる。

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3月15日 

AM 7:30 宿の車で種間寺まで送ってもらう。
AM 8:00 種間寺より歩き始める。

田に水が引かれている農村を通過し、仁淀川を渡り土佐市に入る。
仁淀川堤防で町のボランティアの方々がごみ集めをされている。有難うございます。
仁淀川堤防から清滝寺が山側にへばりつくようにして見える。

仁淀川と作家宮尾登美子の作品が重なってきた、作品に出て来る仁淀川、響きがいい、土佐弁が耳に入ってくるようだ。

AM 11:00 35番 清滝寺 打つ。   
歩行距離  約9,5キロ 
(本日のお遍路道を歩いた距離)ここで遍路の休憩

快晴。境内で文旦を買う。土佐市内で昼食場所を探す。
土佐市役所そばで冷やしラーメンの看板が目に入る。冷やしラーメンは始めてなので食べてみる。

冷やしラーメンが旨い、凝りそう。
明日はお遍路休息日とし、からだ休めの時間とする。
土佐市から高知市内行きのバスで高知市に移動する。

歩行距離 17km  26512歩
宿泊 ・高知コンフォートホテル(高知駅前ビジネスホテル)
清滝寺

清滝寺は土佐市を見下ろす高台にある。

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3月16日

*休足日。

高知市の日曜日には朝市がたって賑やかになる、高知城にも行く。
「カツオのたたき」を食べる。

大好きな「カツオのたたき」だが、本場高知の味は値段が高いだけで、私の住むスーパーで売っている カツオのたたきの方が美味しい。

天守閣に登り市内を一望しつつ、お遍路で出会った人、受けた色々なお接待を想う。

お遍路の道はまだ三分の一だが、明日からの道程に心を引き締める。 念仏を唱える代わりに「一期一会」を合掌。

歩行距離 12km  22098歩   
宿泊 ・高知コンフォートホテル
城から高知市内

高知城天守閣から市内を一望する、日曜朝市が賑やか。

3月17日 

AM 9:00 宿を出発。高知駅前からバスに乗り土佐市に戻る。
家を出る時バリカンで2cmの短髪にして出発。そろそろ伸びて来たので土佐市内の理髪店に入り髪の長さを2cmに刈ってもらう。

PM 3:40 36番 青龍寺 打つ。 

青龍寺で感じたことは、納経帳への記帳する文字がひどく雑だ。
心を込めて筆で記帳しているのだろうか?雑な対応に不愉快な思い。

宗教人は言語動作に責任を持たなくては。
そういう私は不平不満の多い中途半端なお遍路もどき。

PM 3:48 時間に余裕があったので青龍寺奥の院に向かう。
本日の宿は奥の院に隣接して建つ人気のある国民宿舎土佐。
宿から太平洋が一望だ。

大相撲の朝青龍はここの地にある高校相撲部出身との事。青龍寺から名前をとったのでしょう。

歩行距離 12km  18962歩
宿泊 ・国民宿舎 土佐(食堂等の設備も良く食事も美味しかった。)
35番青龍寺本堂への階段

36番青龍寺山門から本堂、太子堂にはこの急な階段を
上った先にある。

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3月18日

今日は打つ霊場も無く移動のみ。

須崎名物鍋焼きラーメンを昼食とした。鳥のそぼろで出汁を取り、土鍋に中華麺、生卵、ねぎ等の具が入る。

PM 3:00 須崎・別格5番札所大善寺前の宿に到着。
もう少し先まで行けたが、この宿の評判も良かったので予約を入れた。着いて直ぐに洗濯をする。感じの良い女将だった。

歩行距離 22km  37170歩
宿泊 ・旅館柳屋
(リニューアル済みというが、築120年の歴史を感じさせる貴重な宿。  同宿は4人、夕食事に語り合う 北海道から来られた方がいた。
須崎名物鍋焼きラーメン

須崎市名物鍋焼きラーメン。
旅館柳屋

須崎市旧市街にある、旅館柳屋の帳場。         

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3月19日

AM 6:50 朝から雨。歩き始める。

歩きお遍路をされている多くは一時間程先の「民宿あわ」に泊まったらしい。 遍路道の焼坂峠が豪雨で歩けるのか不安だった。

「民宿あわ」に立ち寄り大雨後の焼坂峠の状況を聞く 「雨にて危険、朝宿を出発したお遍路も危険な遍路道を避け国道を行った。」との事。

焼坂峠に進む事をあきらめめ国道を歩く。
途中900mを超えるトンネルがあった。トンネルは真っ暗で行き交う車が恐かった。

自分を避けて通過する車に感謝。ライトのパッシングにも感謝。
運転手はいずれも暗いトンネル内を歩いているお遍路に気付いてくれていると理解するからだ。

国道からそれて遍路道へ 又国道へを繰り返し歩く。大坂峠、七子峠を一気に抜けるすると国道に出る。

雨が土に浸み込み足元が悪い。増水した沢を渡る時、靴底に滑り止めを付け注意して歩く。危険を伴う前進に緊張が体内を走った。

雨の中歩くのは辛い、写真機も出しづらい、遍路地図も見にくい。
3時頃ようやく食堂を見付け、軽食をとる。ここから岩本寺まで7キロとの事。

PM 4;40 37番 岩本寺を 打つ。
納経帳受付終了の5時ぎりぎりの時間だった。

今日はお遍路に一人も出会わなかった。
出会ったのは沢蟹だけ。

PM 5:10 今夜の宿に到着。ビジネスホテルなので食事なし。夕食を買いに出る。(かつおのたたき・ポテトサラダ・ビール・日本酒土佐鶴) 

危険な一日だった。無事で良かった。
リュックの中に雨水が入り衣類が全て濡れている。雨がリュックを覆ったビニールをどうして通過したのか?

行距離 30km  46068歩
宿泊 ・ビジネスホテル・幸
(ちょっと怪しげで、寂しい気分にさせられるホテルだ。)
雨煙る

雨煙る遍路道、この先に大坂峠、七子峠と続く、雨だと
沢が増水してとても危険だった。塔は四国道建設中。

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3月20日    

濡れた衣類はホテル内で乾かず、コインランドリーで乾燥させ今日の行動開始。昨日岩本寺の格子天井(575枚のはめ絵)を観忘れたので、今朝もう一度岩本寺に行く。

天井嵌め絵の中でマリリンモンローの顔が描かれている1枚がある。その絵が有名との事、それって意味不明。

ここから足摺岬の先端にある金剛福寺までは約100キロ。
今日は移動のみ。30キロ先の宿に向かって歩き始める。

AM 10:50 すでに10キロ歩いた。残り20キロ。国道56号線を延々と歩く。

郵便局が閉まっている。うっかりした。祭日でお金を引き出せない。

PM 4:30  今夜の宿に到着。昨日雨に打たれたせいだろうか。今日の28キロはきつかった。疲れた。

歩行距離 28km  45677歩              
宿泊 ・旅館・日の出
(綺麗好きな若い主人が切り盛りしていた。多くの遍路宿は年配の経営者が切り盛りしている。若い経営者をみるのは珍しい。)
熊井トンネル

遍路道には歴史のある建造物がある、熊井トンネル。

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3月21日

AM 7:30 宿を出発。快晴。今日も移動のみ。遠くに足摺岬が見える。37キロの予定で歩く, 足の調子によって今日の宿を予約することにする。 海に沿った国道を歩く。

四万十川の手前の地場産物を扱っている施設で食べ物を買う。
四万十川ほとりで昼食を食べていると逆打ちのお遍路が橋を渡りこちらに来る。

逆打ちの遍路は経験豊かな人が多いと聞いている。その人の様子はベテランの印象通り、年齢、衣装、全てが大先輩を感じさせた。

今夜の宿を、まだまだ先にある「旅路」にするか迷っていた、彼に宿の話しをすると「行けるよ」の声に決心し「旅路」に予約の電話をいれる、後は宿を目指しひたすら歩く。

ところが距離があり過ぎ宿までの道のりに難儀してしまった。
PM 6:00 やっと宿に到着。 宿の前に立った瞬間、選択を間違えた予感がした。

予感通り全てにがっかりさせられた。事前の調べで「旅路」は評判が良い、どうもその評判は昔の話のようだ。

「旅路」には先に着いていたお遍路が一人くつろいでいた。その人はお遍路協会の先達でした。

着いて直ぐ風呂に入り、洗濯、食事と進む。食事場所は「旅路」を営む老夫婦の居間が当てられている。

壁にはセピア色の写真。家族の私物だらけの部屋はあまりにも家族的過ぎだ。

食事をしている最中に月に一度の巡回健康検査の女性医務員が来た。検査は食事場所で始まった。 「食事中じゃないかー」とも言えず、じっと耐える。

紙コップに入れられた尿検査も食事場所でするんだぜ。それは無いよ

食後は宿の御婆から曾孫のアルバムを見せられ、疲れた身体でじっと耐える。写真説明を受け開放までの時間の長かったこと。

同宿だった遍路協会の先達には感謝。今後の行く先、お勧め宿、休み処等、丁寧に教えていただく。奈良県出身の山下さんだ。

歩行距離 38km  52507歩
宿泊 ・旅路(本当の民宿だった。6000円)
四万十川大橋

四万十川大橋を見ながらほとりでの昼食。

解説 38番金剛福寺から39番延光寺への道は二通りある。

一つは同じ道を真念庵まで戻り県道を辿り延光寺に向かう。この場合多くの歩きお遍路は前泊した同じ宿に泊まることとなる。

別の方法は月山神社周りとなり歩行距離も真念庵周りよりも20kmも余計に歩くこととなる。だが戻らない分新鮮な景色を見ながら歩ける。

海の町土佐清水町、海洋公園竜串、月山神社と海の景色も変化に富んでいる。
画像の説明
歩きお遍路は20kmも余分な時間がかかることで多くの場合、真念庵周りを取って39番延光寺へと歩く。
画像の説明

3月22日

歩き始めて23日目。国道をひたすら歩く。
途中お遍路休憩所で休む。この休憩所は宿泊も出来て、又簡単な調理設備も有る。

ここで木更津さんご夫婦に会う。このご夫婦は太龍寺でお見かけし、その後も数回お会いしている。昨年も同じ時期に通しお遍路をされているそうで珍しいご夫婦だ。

PM 1:30 38番 金剛福寺 打つ。  足摺岬の先端に建っている。

PM 4:30 今夜の宿に着く。
夕日が雲間に沈むのを観た。同宿者無し。

歩行距離 20km  35589歩
宿泊 ・民宿 夕日
(良い宿だった。「旅路」のおばあちゃんが勧めてくれた宿だった)
金剛福寺

ようやく足摺岬にある38番金剛福寺を打つことになる。

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3月23日

朝から雨、この日は霊場が無い移動日。前日泊まった「夕日」の女将が薦めてくれた「ホテルベルリーフ大月」に予約を入れる、50キロ先に宿があり 宿を目指して出発。

雨の中50キロは無理な距離。
予約したホテルに電話をして適当な所まで迎えに来てもらう約束をとる。

一日中雨。何より休むところが無いのがつらい。足裏のマメが動く。
PM 4:50 今夜の宿に着く。両足の裏に異変。痛い。
入浴の後、足裏の豆を見ると水疱になっていた。鋏で切り取り、水を出し、バンドエイドを貼る。

明朝、車で今日迎えに来た地点まで送ってくれる事になっている。
身体の疲労も考えてこのホテルに連泊することにする。
久しぶりに洋定食を頼んだ。

歩行距離   km       歩 記録無し
宿泊 ・ベルリーフ大月
叶崎

雨の叶崎、先は宿毛市方向となる

3月24日

AM 8:00 昨日歩きを終了した地点に車で送ってもらい、そこから歩き始める。

月山神社コースを歩く。他のお遍路が余り通らないコース。
このコースを選ぶと約20キロ多く歩くことになる。大半は山歩き。眺望はとても良い。

海に沿って歩く。足裏は昨夜の手当てで何とか大丈夫。
「大月遍路協会」のマークは見掛けるが、お遍路には出会わなかった。

PM 4:00 宿に迎えを頼む。

歩行距離 20km  28277歩
宿泊 ・ベルリーフ大月(なかなか良いホテルなのに客が居ない。)
海の遍路道

遍路道は山道から海岸へと続く、石にペンキで遍路矢印が。

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3月25日

AM 7:50 昨日歩きを終了した地点大月遍路宿「はたご」地点から歩き始める。

月山周りのお遍路の数が少ない分お遍路宿の経営は厳しい様子が分かる。月山周りを応援したい。

青年のお遍路に出会う。彼から納め札を頂く,
頂いた札はパソコンを使った手作り納め札で、それも有りかと思った。

そういう私は納め札の使い方が今一つぎこちなかったし、殆ど使わなかった。各寺に置かれている箱に納め札を入れる事が作法なのだが。

本堂と太子堂の2箇所に納め札を入れる、お接待を受けた時に納め札を渡す、納め札には出身地、名前、日付を記入する約束がある。

AM 12:50 快晴の中、宿毛の街を通り過ぎる。
39番 延光寺 打つ。

札所を打ち終え再び宿毛町に戻り街中を歩く。商店街はシャッター街となっている。

地方の商店街は何処もシャッター街になっているので是も時代と捉えるか、政治の貧困と捉えるかどうなのだろう。

吉田茂のゆかりの地、更には明治維新に活躍した多くの名士を輩出している街だ。快晴。

歩行距離 25km  40264歩
宿泊 ・ビジネスホテル・アバン宿毛
39番延光寺

39番延光寺は高知県最後の札所となる。
        
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