歩きお遍路、四国から恵み、健康、笑顔、おもいやり

愛媛

第2回を2015年歩いた、記録を整理中、徐々にページを作る

愛媛県 伊予の国 菩提の道場 26札所 370km

2008年3月26日~4月8日 14日間  
信楽ヌ樹 シガラキタヌキ の貴重な体験記

2014/04/13編集中文章が下手、どうしよう。

3月26日  

40番 観自在寺

AM 7:40 快晴。歩き始める。宿毛の町を出ると直ぐに峠道となる。
この松尾峠から宿毛湾を見下ろす景色の素晴らしさは歩きお遍路冥利を感ずる。

宿毛湾を見下ろす
ここから見る宿毛湾の素晴らしい光景にしばし見入る。

松尾峠の標識が県境になり高知県から愛媛県に入る。愛媛県に入ると遍路道の整備に微妙な違いを感じた。高知県のごつごつ感から愛媛県の滑らかさ。表現に誤解を与えそうだが、愛媛県は無駄に整備をしているという感を持つ。

PM 3:15 40番 観自在寺 打つ。
1番霊山寺の反対側となる札所だ。
観自在寺は愛媛県で最初の札所。ここで遍路道の半分を踏破したことになる。
今日の宿まであと2km。足裏がまた痛い。困った。

歩行距離 21km 34802歩
宿泊 ・磯屋
(お女将さんが洗濯をしてくれ、自分で干した。もう一人予約客がいたようだがついに現れず、食事が無駄になると嘆いているお女将。)
画像の説明

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3月27日

 
AM 8:30 今日は移動のみ。柏峠は標高470mの位置にあり地図ではだらだらと長い峠道となっている。
柏坂峠

高知県と愛媛県では標識が違う。管理者の違いか。

峠に入る前に昼食のための店を探すが見付からず、昼食は茶菓子となる。のんびり歩く。所々にお遍路小屋がある。お接待の茶菓子が疲れを癒してくれる。気分良し。宿に着く寸前に雨が来た。

PM 4:50 もう少し歩きたかったが、大畑旅館に宿泊したかったのでここで泊ることにしている。
大畑旅館は獅子文六の縁の宿との事。宿に獅子文六の書籍が沢山あった。

歩行距離 22km 33475歩
宿泊 ・大畑旅館(趣のある旅館。同宿4人。)
大畑旅館

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3月28日

AM 7:00 移動日。快晴。桜の開花宣言。

宇和島市手前に松尾トンネルがある。トンネルの手前の案内版が歩きお遍路を峠道へと案内してくれる。

どのトンネルもトンネルは不快なので遠周りでも山に入り峠道を歩く。四国一周はその繰り返しである。

宇和島郵便局でATM操作のため横に置いた金剛杖を忘れて出てしまった。たまたま入ってきたお遍路が追いかけて渡してくれた。ホッ 有難うございました。

ところで忘れられた金剛杖が束になってあるのを何箇所かの札所で見かけた。普段持ち歩かない物は忘れやすい。だが金剛杖はここでは必需品である。山道では蛇よけになるのが何より心強い。

歩行距離 21km 30154歩
宿泊 ・娘宅(縁あって昨年から西予市に住んでいる。)

松尾トンネル

松尾トンネル
写真内に写る人物に郵便局で金剛杖の忘れ物を教えて
頂いた。漆塗の菅笠が印象に残るお遍路さん。

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3月29日 

快晴。
41番 龍光寺 打つ。
42番 仏木寺(ぶつもくじ) 打つ。
龍光寺、仏木寺は娘家族も一緒に歩いてくれた。

PM 4:20 43番 明石寺(めいせきじ) 打つ。  
卯の町に入る。昔の家並みが残る貴重な町で、泊まった宿も重要無形家屋となっている。
ここで結婚式を挙げるためには参加者全員が明治時代の衣装での祝宴となる。

今回その場に出会い目を楽しませていただいた。人力車が花嫁花婿を乗せて式場から移動している。

歩行距離 22km 34470歩
宿泊 ・松屋旅館
松屋旅館
卯之町
松屋旅館、たまたまここで披露宴があり明治の雰囲気を
かもし出している。

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3月30     

雨。移動日。鳥坂峠をひたすら歩くと大洲の町に出る。
この町も観光に力を入れており、歴史ある建物を多く残している。
今日は日曜日なので心配したが、銀行でも郵便カードが使えた。
やっと昼食。

びしょぬれの雨具を脱いでラーメン屋に入る。遍路に親切な店で暖かい料理と言葉のもてなしを受けた。

「十夜ヶ橋」の話題が出た。忘れるところであった。「遍路は橋で杖を突いてはいけない」という由来の橋である。
ラーメン代に出したお金はびしょぬれだった。

雨の日は自由がききずらく歩くのに不自由するが、その分人間の成長に繋がると錯覚をする。ただひたすら耐えて歩く。
「十夜が橋」を渡る。

今夜の宿は「大江健三郎利用の宿」との事。同宿者二人は出会った事のあるお遍路。

歩行距離 32km  46427歩
宿泊 ・松乃屋 (小さいが設備が整っており、食事も良かった。)
十夜ガ橋橋

十夜ヶ橋、空海伝説の橋、今は国道56号線となる。

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3月31日

AM 6:00 今日も移動日。
朝食用のおにぎりをもらい歩き始める。
おにぎりだけでは寂しいので途中山本食品で缶詰、バナナ、チョコレート等を仕入れる、店番は山本食品のおばあちゃん。

山本食品のご主人はお遍路無料宿を運営されていたとの事。斜め前に当時の宿もどきがある。
ご主人が亡くなられ運営は終了今は資料館として残されている。

少し先に大瀬自然センターがありそこでおにぎりと缶詰めを食べる。松乃屋さんおにぎりとてもおいしかったです。
下坂場峠標高570m。更に鶸田峠(ひわたとうげ)790mを越える。

ゆったりとした登り坂だったため790mの上り道は大した苦労もなく上がれた。

途中で雨と雹が降ったのはおまけ程度。久万高原町に入る。
今日は今までで最長の距離を歩いた。 
汗だく、靴下に穴が開いた。足裏は痛くならなかった。

PM 5:00 今夜の宿に到着。
宿で夕食を済ませ、近くのスーパーに行き破れた靴下の代わりを買った。
久万高原町はそこそこ町で峠を二つ越えて来たところの町とは思えない。

歩行距離 34km 51783歩
宿泊 ・ビジネスホテル ガーデンタイム
遍路無料宿

遍路無料宿、今は資料館として残されている。

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4月1日

大宝寺は久万高原の泊まった宿から2キロの位置にあり寺を取り囲むように聳え立つ巨木に圧倒させられる。
44番 大宝寺 打つ。

毎回納経所でご朱印を済ませる、金300円を払う。
ここで嫌な場面に出会ってしまう、それは年配のご婦人が納経帳の御朱印代金を「払った、いや貰っていない」の応酬が始まる。

納経所の女性職員の態度は宗教人のものではなく守銭奴を思わされて嫌な気分にさせられた。たかが300円でだ。

結果は払っていた、納経所で込み合っていたため百円玉の整理がうまくいっていなかったための誤認だった。=(文章が下手でおはずかしい。)

大宝寺の次は8.4キロ山に入る、この山道の名前が八丁坂、標高760mまで登る。岩屋寺は標高670mの位地にある、八丁坂峠を歩いていると下のほうに岩屋寺が見えてくる。

峠道の標識に刻まれている文字は「まむし注意」、ウヒョー。蛇すごく苦手、ましてマムシはさらにだめ、折れ枝もマムシに見えてくるからひどく落ち着かない気分で岩屋寺を目指して歩く。

大宝寺、岩屋寺には杉の巨木が寺を取り巻いていて歴史を更に感じさせられる。
45番 岩屋寺 打つ。

八丁坂峠から岩屋寺に入ると正面の山門を背にして裏門からの参拝となる。四国の霊場の中でも重みを感じさせてくれる。

戻りは国民宿舎古岩屋荘方向に出て千本峠H740mを歩き国道33号を松山市方面に進む、長く感ずる路を歩く事しばし そうすると三坂峠に差し掛かる、今日の宿は三坂峠の手前、旧道へんろ道に入り込んですぐに建つ宿「桃李庵」。

17:00頃 やっと宿に到着。 今日も良く歩いた。
歩行距離 29km  43767歩
宿泊場所 ・へんろ宿 ・桃李庵
(プレハブ造りで安普請は名前負けしている、運営をしている方はお遍路を何度か体験された若く見えるが幾つだろうか?宿の運営者は自身のお遍路体験から宿で出される似たような献立はさけ とんかつを中心にした料理でもてなしてくれる、美味しかった有難う)
マムシ注意

マムシ注意の標識にどのように注意していいのか分からない。
目は地面に釘付けになっている。

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4月2日 

AM 9:15 三坂峠(710m)を越える、峠道を下ると農村の風景がしばらく続き松山市に入いる。

46番 浄瑠璃寺を打つ。 
門前に「長珍屋」と言う大きな宿がある、遍路道を歩いていてこの宿の看板を何度と無く見ている、看板の宿はここだったのかとの思いにさせられる。
宿が大きいので団体へんろ客を中心に受け入れていると聞いた。

47番 八坂寺 打つ。
伝説の衛門三郎はこの寺からお遍路を始めたと云う。(八坂寺がどのような佇まいだったかまったく思い出せない、次回があればその部分を埋めたいとおもう。)

48番 西林寺 打つ。
西林寺門前にあるうどんやに入り鍋焼きうどんたべる。

西林寺での納経は昼になる、寺側も昼食時だったようで、声をかけてもなかなか人が現れず更に呼び続けると中からいやな顔して口を動かしながら納経帳に記帳をしてくれる、感じ悪いご婦人職員だった。

自分も感じ悪いかもしれないけれど、私はごく人間らしく我侭修行者、あちらはお寺さんの方なのだからそのところよろしく。

49番 浄土寺 打つ。
松山市の郊外を歩いている、住宅街を歩くと浄土寺が現れる。
50番 繁多寺 打つ。
高台にあり寺から松山市が一望できる。門前でアイスクリン売りの親父さんがホースで水を撒いている。桜下で数人の宴会が盛り上がっていた。

PM 3:15 51番 石手寺 打つ。
今日はここまで。快晴。ゆったりとした良い気分。ゆっくり今日の宿まで歩く。道後温泉浴場前を通り本日の宿ユースホステルに入る。

歩行距離 27km  43651歩
宿泊 ・松山ユースホステル
何十年かぶりにユースホステルに泊まる、以前と比べようも無いくらいユースホステルの規律が変わったと聞く。

個室もあって、アルコール飲料も置いてある。ユースホステルでは夕食を頼まなかった、外で焼き鳥などをと思ったからだ。街をうろついても焼き鳥屋さんは見つけられずスーパーで食べ物を買いユースホステルの部屋に戻ってから食べた。

気を取り直して、道後温泉で風呂に入いる、歴史ある浴場なので話の種になるかと思う、浴場には外人さんの姿も数人見えた。

(浴場前で歩き遍路さんが写真を写していた、翌日からこの方とは道中何回となくお会いすることとなる、大阪茨木市のタレノモトさんである。)
石手寺

四国88ヶ寺の中でも51番石手寺は有名な寺。それだけに
ここまで来たかの感を持つ。

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4月3日   

快晴の中 歩き始める、市内に俳人種田山頭火の住居だった一草庵が残っている。放浪の俳人山頭火はこの一草庵を終焉の場所としている。

遍路道の傍らに墓石群が有り、その中に山頭火の墓石もあるはず。
私も終焉の場所を決めてみたい衝動に駆られる。

こんな終焉の棲家はどうだろうか、極寒の季節に北海道の地で車に乗り好きな酒を傾けつつ燃料がつき凍死している、それも一案として思っている。
空海は高野山が終焉の場所となる。

52番 太山寺 打つ。
国宝となっている太山寺も有り難味を感じさせてくれる寺だった。
53番 円明寺 打つ。
円明寺を打って昼食場所を探す、うなぎやの暖簾を見て迷わずに入る。

円明寺をほぼ一緒に出た同行者茨木のタレさんも共に鰻屋の暖簾をくぐり献立表を見る。暑い日で思わずビールを一致して注文、お遍路中昼は大好きなビールは控えてきたが遂に昼間のビールを飲んじゃった。
その後もう一回昼間飲んでいる、88番大窪寺を打ち終わり翌日1番霊山寺に戻る道中食べもの屋さんがなく食料品店に入り物色している手が缶ビールを握っていた。

PM 2:00 あと10キロ歩くと今日の宿に着く。 左側が海、右側がJR予讃線を見ながらが景色となる。粟井を通過、北条へと進む.

PM 4:30 今日の宿に到着。
歩行距離 24km  33676歩
宿泊 ・北条水軍ユースホステル
(ここはいとおかしく楽しかった宿だ、この宿でも茨木のタレノモトさんと一緒になる。同宿者は4人、内一人は野宿も覚悟のお遍路数回目の方。この方とも道中何度か顔を合わせている。

4人目の方は広島県からバイクに乗ってこの宿にわざわざやってきた若いお嬢さん、物好きな方もいると思った。

4人で夕食を頂く、バイキング式でそれぞれ食べたいものを器から取って食べる、そうそう、このユースホステルは民家がユースホステルになっている、民ユースと呼ぼうか。入り口にキリン生ビールサーバー認定者の店となっている。当然ビールを注文をする、タレさんも、バイクの女性も。

店主に生ビールを注文する。だがサーバーからビールがうまくつげずに5,6回失敗、ジョッキに中途な量のビールがもったいなくも出番を失っている。

それでも私は十分飲めそうなので飲んじゃった。馬鹿な事をしたと思ったのは翌日二日酔い気味に反省、でもサーバーの失敗ジョッキをこれほどまでに飲むことも今後はないと思う。

変わっているここのご主人、いとおかしい方で、又いとおかしさを体験したく再訪を思う。たった4人のバイキングも面白いし、ここではいつもその様であるが。ご主人今頃お元気ですか?
水軍ユースホステル

この日の宿となる水軍ユースホステル。風呂は近くの
海の見える湯に行かされる。(別料金)

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4月4日

AM 12:45 朝から10キロを歩いている、タオルの町今治市大西町に入った。
54番 延命寺まで後10キロ 左に美しい瀬戸内海を見ながら歩く、
延命寺門前に店を出すタオル販売を中心にしているおみやげ物屋さん、そこの店主らしき店員は店の前を通る誰にでも声をかけ 小さな小さなハンカチをお接待して配っている 何故だろう、

延命寺を打って出たら先ほどの門前の店に又呼ばれて今度は手作り風アイスクリンを接待してくれた、何故だろう、更に貴方の好きな言葉はと聴かれたので一瞬考え「健康」と答えた、すると白地のフェイスタオルに「健康」と刺繍してそれもお接待として頂いた、好きな言葉を「一期一会」といえば良かった。

54番 延命寺 打つ。
次の南光寺は今治駅近くの市街地にある 
55番 南光坊 打つ PM 4:30  

今夜の宿を決めていなかった、今治駅前にはビジネスホテルが何件もある、その内の一軒に宿泊した。夕食を求めて駅の周りをさまよい、居酒屋で一人乾杯をする。茨木のタレさんは数件先の宿に泊まった様だ。

歩行距離 28km  41491歩
宿泊 ・今治ステーションンホテル
南光坊

55番南光坊は今治市内に建立されている。

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4月5日 

ビジネスホテルから4キロのところに56番泰山寺がある、
朝食を摂っていなかったので喫茶店に入りモーニングセットで食事とする。

そこを出る時にお菓子の詰め合わせをお接待として頂く。歩いていて甘いものがほしくなるので有難い。

56番 泰山寺 打つ。
57番 栄福寺 打つ。
栄福寺への遍路道は途中川を渡る、それも橋の掛かっていない場所がお遍路道となっている、遠くに見える位地に橋が掛かっているのでそこを渡ればよいのだがお遍路マークをたどると川の中を歩くこととなる、勘違いかもしれないと思いつつ川の藪を避けながら何とか渡る。今思い返してもあのへんろ道は何だったのだろうか?

57番 栄福寺を目指す一団が大型バスから降りて向かっている。一団の後につくと納経帳の順番が遅くなり先に進むことに支障をきたすので何とか一団の前に寺に着くように急いで歩く。

この一団は東京と埼玉から来た御一行様お遍路集団でバス会社も埼玉の知った会社だった。はるばる遠いい地からご苦労様、私も含めて。 

58番仙遊寺 打つ。
仙遊寺には宿坊がある、宿坊の評判も良いので泊まりたくて予約を入れた、満室で予約が出来ない。

仙遊寺を打った後に参考まで宿坊を覗いた、確かによさそう。次回があれば泊まりたい。
59番 国分寺 打つ。 
この国分寺を時間がたった今思い出せない。

PM 4:50 今日の宿に向かって歩く、造り酒屋がある、銘柄が日本(やまと)、地酒「日本」のワンカップを買い宿についてから飲む、飲みやすく美味しく頂いた。

歩行距離 24km  38328歩
宿泊 ・ビジハウスイン国安

(最悪な宿として記憶に残る、施設がだめ、部屋がだめ、食事もだめ、朝食として持たされたおにぎり弁当は更に最悪、どのようにだめかを説明するのも億劫になる程にだめのオンパレード、だめの大安売り、だめバーゲン、私の人間性も疑われるほどにだめを強調したくなるほどにだめ。気持ちいいほどにだめ。)

混雑している寺

団体お遍路とかち合うと寺も大混雑。それでも大好きな
お四国が潤うので大歓迎と思いたい。

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4月6日

AM 5:30 日曜日の朝早くまだ暗くて遍路道がどちらの方向かも分からない早い出発、だめな宿だから見送りもなく食堂へ、朝食替りにおにぎり弁当が置かれている、それを持って暗いうちからの出発となる、それも宿の意向でこうなった。
今日は難所、60番横峰寺を目指す。

同宿の心がけのよさそうな人が先を歩いている何とか闇からその人影を見失わないように必死になって追う。しばらく歩くと空が明らんでくる。ようやく遠くに山々も見えてきたその中に霊峰石鎚山も見える。

横峯寺へは3つの道がある、車道となるアサファルトの道、遍路登山道が2つ、歩きたいへんろ路は数年前の豪雨でずたずたとなっている、補修がどこまで進んでいるか分からなかったがやや不安を持って本来の登山遍路道を選んで進む。
豪雨の爪あとがいたるところに残っている、でも補修工事が進んでいた。

AM 11:30 無事に 60番 横峰寺 打つ。 
標高745m
寺はバス団体お遍路で賑わっている。本堂の脇で弁当を食べる登りで大汗をかいたが座っていると寒さが身にしみてくる、早々に引き上げ61番香園寺に向け山を下る。

上った分が 急なので下り坂も急だた。
雨が降ったらこの坂道が雨水の通り道となることが分かる、天気が良くて幸い。

61番 香園寺 打つ。
PM 5:00 今日の宿に着く。人気があるのか宿泊客は多い、後で分かったことだが香園寺の宿坊が定休日のために客が本日の宿ビジネス旅館小松に集中したらしい。

歩行距離  30km  43500歩
宿泊 ・ビジネスイン小松 
(宿の経営は肉屋さんとの事だからすごい量の豚鍋が食事として出された、この量に大感激、宿賃も安かった。)
暗い中
暗い中
ようやく空も明けかけて来るなか60番横峰寺に進む、
彼方に霊峰石鎚山が見える。

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4月7日  

朝から雨。
昨夜同宿した人たちの多くが今日横峰寺を打つ、選ぶ遍路道によって札所の順番が変わってしまう、60番横峰寺の場合には遍路道の選択に悩まされるところだ、それは正規遍路道が数年前の豪雨でずたずたになったためだ。

泊まったビジネス旅館小松に近い位置に札所がかたまってある。近すぎて納経開始時間の7:00前に着いてしまい開くのを待つようになる。
62番 宝寿寺 
63番 吉祥寺 打つ。
64番 前神寺(まえがみじ) 打つ。この頃には雨も本格的に降り始める。

遍路道は国道11号線と平行して残っている通称讃岐街道を歩く、遍路道には民家が多く表札を見たり、家並みを観察しながら歩く楽しさがある。

昼食は国道に出て新居浜市荻生交差点にレストランシンデレラ館でランチを食べる。お遍路姿で入るのには場違いな店なのだが雨も強く休みたかった。

ここで地元の方からお遍路が履く靴について聞かれた、答えたことは靴を選ぶときに妥協しないで徹底的に足に合うものを選ぶ、防水の利いたゴヤテックス素材の品が良いことを申し上げた。この方は四国を歩く気持ちがあるとの事だった。

PM 5:30 今夜の宿に着く。同宿者無し。
歩行距離 34km 49088歩
宿泊 蔦廼屋(つたのや)(部屋も、料理もよかった)
レストランシンデレラ館
レストランシンデレラ館
お遍路が入るには場違いなレストランシンデレラ館、
入り口で雨具を脱ぎ、タオルで濡れた部分を拭いた。
びっしょりのリックは入り口にそっと置いて入る。

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4月8日  

蔦廼屋はとても良かった。料理は本格的でおいしく、食後のコーヒーもあった。
朝、出掛けに宿の方から120円の接待を受けた、120円は途中コーヒー缶でも飲んでくださいの意味と取る、有難うございます。
今日はかなり大変。 ここから17.1キロ先を三角寺の目指して歩く。

AM 11:50 65番 三角寺 打つ。
本日は打つ寺は三角寺のみ。この近辺に観光地かずら橋、大歩危小歩危の標識が見える。
宿泊希望の民宿は境目峠の先にあり、66番雲辺寺麓にある。
宿泊希望の「民宿岡田」は満室で岡田屋の紹介で白地荘の泊まりに決まる。
この宿がとんでもなく離れているために宿の送迎を頼むことになる。

歩行距離 32km  46078歩
宿泊 ・白地荘 (最悪)

三角寺
四角でも無く二角でも無い、三角寺。歩きながら馬鹿な
寒い駄洒落を考えながら歩いている。
65番三角寺
65番三角寺で愛媛県は終わり 次の66番雲辺寺は讃岐の国香川県へと繋がる。

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